プリント基板工場におけるA.Iの採用
オルボテック社 PCB事業部 マーケティングVP メニー・ガンツ
従来の汎用的なプリント基板の製造プロセスでは、各工程で熟練した作業員の手作業による生産方法が主体でした。今日の高密度配線「ビルドアップ基板(HDI)」、「ICパッケージ基板(ICS)」ではデザインルールが格段に微細化されており、高度に自動化された製造プロセスの実現が求められてきました。今後も製造技術は引き続き進展し、これに伴って各種のプロセスは一層複雑で高度なものとなっていきます。弊社も製造技術の発展に伴い、従来なら検出できなかった微細な欠陥をも検出し、その修正を可能とすることで生産性向上の一翼を担ってまいりました。そして現在は、人口知能(AI)の採用により一層歩留まりを向上し、つきつめるとAIによるプリント基板製造工程全体の最適化の実現を目指した技術革新に取り組んでおります。ここではその取り組みについて紹介させていただきます。
従来のプリント基板の製造は、長年にわたり経験を蓄積してきた熟練オペレータに依存していました。これらのオペレータは製造プロセスを隅々まで熟知しており、プロセスパラメータの最適化や、プロセス改善は彼等の知見と経験に委ねられてきました。検査においてもAOIによる検出欠陥は、熟練オペレータにより真欠陥とオーバーキル欠陥が目視分類され、真欠陥を修正装置に送ることにより歩留まりを向上しておりました。しかし、プロセスの微細化と高度化が進んだ現在において、熟練オペレータをもってしても人間の習性である過誤や疲労といった限界に突き当たっています。また、オペレータに欠陥確認と分類作業を実施させるというプロセスを経ること自体が、仕掛品のハンドリングでの歩留まりロスとなりうるレベルにまで微細化は進展しております。そこで弊社はAI技術を活用することにより(図1)、一定の「学習済み」タスクをAIに任せることで分類の精度向上に取り組むと同時に、分類のための仕掛品のハンドリングを削減し、装置の価値を高めるチャレンジに取り組んでおります、今まで欠陥確認と分類を行う主体であった熟練オペレータは、今後AIシステムの最適化を行う「トレーナー」として、引き続き経験を活用し、他のプロセス担当との意思疎通が必要とされる複雑なタスクに専念することができます。人間とAIの組み合わせは全体的な効率と業務を改善するものであり、AIシステムにより非常に大きな業務効率化とプロセス改善が可能となります。
図1:AIがプリント基板工場の品質向上を支援
AIとIndustry 4.0
将来のプリント基板工場において、Industry 4.0システムが全面的に導入されることが主流になると予測されます。Industry 4.0を採用した場合「製造ライン全体レベル(Fab-wide Level)」と「製造システムレベル(Process Level)」の両方においてAIが重要な役割を果たします。製造ライン全体レベルには、個々の製造システムだけでなく工場内のすべてのシステムが含まれます。Industry 4.0は、リアルタイムの生産分析、双方向通信とデータ共有、トレーサビリティ、そしてオンデマンドデータ解析を可能にする自動化およびデータ交換のための基幹インフラです。トレーサビリティや双方向通信などのIndustry 4.0メカニズムを通じて様々な製造システムや装置から取得したデータをAIが使用することにより、様々なプロセス改善や工程監視が可能となります。AIの活用は工場内のシステム全体の大量データの分析を可能とし、各種工程のセットアップパラメータを最適化し、最大限の生産性と生産量を実現する事により大きな付加価値の提供が期待されています。未だに発展途上の技術であるものの、AIによる分析と自己学習は人工ニューラルネットワークが主流です。今後の発展により、数年以内にはオペレータの介在が不要な、完全自動化された工場の出現も夢ではありません。
この新しいプリント基板製造モデルでは、すべての工場システムと製造装置がネットワークにより接続され、ここにAIが介在することにより工程監視の異常検知や、欠陥分類等が自動的に行われます。現時点ではAIは製造工程の完全な自動化を実現できるほど成熟した技術ではないものの、弊社においては、AIを光学式自動外観検査装置(AOI)などのシステムに搭載し、付加価値向上の取り組みを行っております。生産設備に留まることなく、製造ライン全体レベルでAIを活用することにより、従来の熟練オペレータよりもはるかに多くの真欠陥を高い信頼性で報告できるようになります。また問題の発生工程・原因をタイムリーに特定し、問題解決までの時間を最小化することが可能となります。この様にグローバルAIモデルは最終的には工場の生産性の最大化をもたらす情報のフィードバックループとして大きな役割が期待されています。
機械学習や深層学習などAIの各種技術は、プリント基板工場の完全自動化という目標の達成に必要不可欠です。機械学習では、すでに経験したデータと実例を使って自己学習し、コンピュータが自動でタスクの実行が可能となります。プリント基板製造において、AIの導入により生産量増大の促進、製造業務とプロセス改善、および手作業業務の削減を実現すると同時に、工場資産、在庫、およびサプライチェーンの効率化まで実現可能となります。
深層学習を用いることにより、人間の頭脳を超えたレベルで各種生産データの相関を見出し、生産レベルを向上すことが可能となります。工場全体の最適化を実現し、利益の最大化をもたらす技術としてポテンシャルが期待されています。深層学習は人間の脳細胞のシナプス結合をモデリングしたもので、多入力・多段数ニューラルネットにより過去のデータを学習する技術です。プリント基板工場では、ソフトウェアエキスパートシステムが、収集した各種データをニューラルネットの学習用パターンとして活用可能です。
AIは機械学習と深層学習により人間の理解の範囲を超える能力をプリント基板メーカーに提供します。つまりAIシステムは、人間であれば見落としていたであろうパラメータを逃すことなく、最適化のパラメータとして見落としません。AI エキスパートシステムは非常に効率的なものであり、熟練オペレータの必要工数を削減し、より多いパラメータを以て工場の全体監視を実現し、効率化が実現できます。
Industry 4.0においては、生産装置に搭載された各種センサーからのデータまで吸い上げ、その装置で処理された基板個片単位のプロセスパラメータと組み合わせることにより、プリント基板製造プロセスの全般を通じた監視の目としてワンランク上のトレーサビリティが提供可能です。プロセスパラメータとしての一例としては、エッチング、レジストの現像、各種化学物質の濃度、プロセス温度などがあり、これらの生産性・歩留まりに影響するパラメータを見落とすことなく監視の目を張り巡らせることが可能となります。全てのプロセスパラメータはリアルタイムで深層学習され、完全自動で24時間365日休むことなく工場の稼働の監視が実現できます。
装置におけるAIの採用
プリント基板製造現場で現在使われているAIの使用実績を見ると、その効果は一目瞭然です。AOIが検出した各種欠陥に対し作業者が分類した場合と学習済みAIが分類した場合を比較すると、AIの分類の方が正確性において格段に秀でています。具体的には、プリント基板の欠陥には、ショートやオープン、あるいは銅残りといった様々な欠陥が存在しますが、近年のAOIの性能向上により作業者の目視確認では見つけきれない極めて小さな欠陥も検出されます。これらはしばしば作業者の目視確認で見逃され、後工程に流出し最終的に電気的な不良となり歩留まり低下の要因となります。AIにおいてはこのような欠陥も安定して分類でき、ヒューマンエラーを排除し、最終的な良品率の向上に貢献できます。
弊社のデータによると、AIを用いずに従来の方法で100枚のパネルを検査した場合、パネル1枚につき20~30箇所の欠陥報告がされますが、その約75%は最終的に電気的な不良にならない、いわゆる「オーバーキル欠陥」です。従来、検出された全ての欠陥はオペレータによりレビュー(ベリファイ)し、オーバーキル欠陥は真欠陥から除外されます。このレビュー・再分類は製造工程を長期化するばかりでなく、製品のベリファイ装置へのハンドリングを増やすことになり、このハンドリング増加による歩留まりロスも招くことになります。またAIによる自動化は、レビュー時間を削減し、ハンドリングにおける歩留まりロスを削減し、さらには作業者の疲労や注意散漫などに起因するヒューマンエラーの最小化にもつながります。
この様子を図に示すと下記のようになります。(図2)。その結果、生産キャパシティの最大化が図られます。ちなみに弊社の調査データでは、AOIとAIを組み合わせた場合を導入した場合、作業者が分類した場合と比較して、誤検出が最大90%減少することが確認されています。加えてAOIとAI分類の組み合わせは、他のプロセス装置の監視にも役立ちます。欠陥の分類を自動で短時間に行うことにより、欠陥種別ごとに統計管理を行い、プロセスに異常があった際にタイムリーに検知することが可能です。従来のAOIと作業者による目視分類は最も労働集約的な工程でしたが、これをAIを用いて短時間で自動化すれば、より多数の欠陥の分類が短時間で可能になり、これをプロセスの監視として役立てていただけます。これによって生産装置のトラブルによる損失の最小化も実現可能です。
図2:A.I運用によりAOIが生産現場のベリファイ作業と労力を削減
グローバルレベルとシステムレベルのAIが同時使用により一層のプロセス改善が可能
ここでは製造プロセスレベルと製造ライン全体レベルという2種類のAIについてご説明します。先ずAOIが100枚のパネルを検査するものとします。製造プロセスレベルAI(機械学習)は、オーバーキル欠陥を除外し、残りの真欠陥を例えば「ショート」として分類いたします。このシステムレベルAIは「Panel Understanding(AOI自体が認識しているパネル上の配線デザインデータから生成される外観上の特徴データ)」どのように見えるべきかを理解すること)を利用して複数のショート欠陥画像を比較学習することにより、一層分類精度を向上させます。
次に製造ライン全体レベルのAIについてご説明します。グローバルレベルAI(深層学習:Deep Learning)はシステムレベルAIから得られた真欠陥の情報を収集し、プロセスへの指南をすることが可能です。例えば、得られた各種ショート欠陥が銅の残渣であり、エッチング条件の変更により銅残渣の低減が図れるのではないかなどの指針を提言することが可能です。まとめますとシステムレベルAIの分類データを使って、グローバルレベルAIがエッチングプロセスのパネルパラメータを調整するかどうかの判断を下し、同様の欠陥の発生頻度を削減することが可能となります。また、システムレベルとグローバルレベルのAI同士がデータを相互乗り入れすることにより各々の判断精度の向上が可能です。
今後のプリント基板製造の課題
プリント基板製造技術は大きく2つのトレンドがあります。一つはフレックス化、もう一つはさらなる微細化です。オルボテックでは、液晶ポリマー材料(LCP)や改良型ポリイミド(Modified PI)といった次世代の複合材料において満足いただける欠陥の検出を実現するためには、撮像、ハンドリング、変形、微細化などに対応していくことが課題となっております。例えばフレックス基板用のより高度な素材では、検出される欠陥数が増えるのに伴ってオーバーキル欠陥も増加します。従ってこのような複合素材においては一層の誤検出の低減が求められます。図3に示したような複雑な基板に対する欠陥検出・分類は、莫大な学習データがら学習し、最適解を導けるAI技術が一層期待されております。
図3 フレックス回路が光学式自動外観検査にとっての新たな問題を提起
また今後大きく成長する5Gに用いられるプリント基板も一層高い製造精度が求められています。ここにおいてもAIによる生産性向上が期待されています。5Gアプリケーションに必要なビルドアップ基板は、より線幅が細く、線幅精度要求が高いためプロセスの制御が格段に難しくなります。ここにおいても欠陥の検出はこれまでよりも難しくなり、たとえ熟練した作業者でも検出欠陥を高精度で分類することは極めて困難です。
フレックス化や微細化にとどまらず今後発生するであろう様々なPCB製造技術チャレンジに対しても、AIを駆使することにより生産性の高いプロセスの実現が期待されてます。先述のグローバルレベルAIは実用の途に就いたばかりでありますものの、我々は今後ますます発展させ、プリント基板製造における生産性向上に貢献していく所存です。